40代無職借金独身男っていうヤバイ奴の株デイトレ書きなぐり日記

誤字脱字は当たり前。人生全般、身勝手な偏向で書きなぐる。

12/6(水)宇多田ヒカルという人

今日はちょっと早起きしすぎたので、

ひと日記かこうと思って。

 

宇多田さんって40代じゃなかったっけ?なんかそんな気がしたが・・

さすがに芸能に疎いオレでも宇多田ヒカルぐらいは知ってる。

それなのに綺麗で可愛くて。

歌や曲は独特な曲調で心にしみる感じがとても好きだ。

 

最近ユーチューブを見ていると、

宇多田さんのインスタライブっていうのをまとめてる方がいるみたいで、

それがおススメにでてきた。↓

www.youtube.com

 

宇多田さん本人曰く、

小さい頃から周りから浮いていたらしく、宇宙人と言われてらしい。

生業にしている音楽界でも浮いているようだ。

 

これまで生きてきて、こういう存在の何人かとは出会うことがあった。

纏う雰囲気からして違うからすぐ分かる。

そんなオレもそっち系かもしれないけど。

今は人と会うことはないが、人と会う時は自分の放つオーラというか光というか、

なんかそんなものを出来るだけ発しない様に抑える様にしてから

会っていたことを思い出す。目立っちゃうんだよね。まぁ目立ってもいいんだけど。

 

して、ブログに載せた動画を見たんだけど。

宇多田さんってホントに優しい人だよなぁ。それがヒシヒシ伝わってくる。

動画で本人は、孤独や寂しいってことはあまり感じてなかった楽しんでいた。

と発言していることに対し、

あるコメントで、

宇多田さんの歌は孤独や寂しさを思わせるフレーズがたくさんでてくるので、

その発言は本当かな??ってのがあって。

 

宇多田さんが宇宙人と言われるのとそれは恐らく関係してるんだわ。

 

一般的、俗に言う孤独や寂しさと宇多田さんの歌詞や曲に表される孤独や寂しさは、

孤独や寂しさという単語は一緒でも、感じているそれが恐らく違っていて。

一般的、俗に言う孤独や寂しさは説明の必要はない程に誰もが知るそれであり、

宇多田さんの表すそれは、刹那的孤独、寂しさであろうと思う。

歌詞から推察するに、どうもそれのように思えるフレーズが多い。

 

この刹那的孤独や寂しさは家族や友人や恋人、妻、夫、ペット等の誰か大切な人といて

も癒されるものではなく、むしろ逆により深くそれは感じられ。

この刹那的孤独や寂しさを癒せる唯一の方法は、自身の存在的変化しかなく。

 

かつて昔に存在したお釈迦様は、

稀でもある、この刹那的孤独、寂しさを感じ想う心を菩薩心と呼び、

この菩薩心を得た者を、菩薩の世界の入り口に到達した者、そこに立った者とした。

近年では、欲により染まった世界の様相により、この刹那的孤独や寂しさを感じる

ことができる人が増えたように思える。

 

なので、宇多田さんという人間性から染み出るような慈悲、優しさがある訳であり。

道理で優しい訳である。

 

刹那的孤独やその寂しさを感じる心が稀なのは、

本来であれば誰もが感じれるものだけど、

大抵の世の中の人は、世の中にいるために、世について夢中になりのめり込み又は、

現実に飲み込まれ、一生懸命になっているが為にそれに意識が回らない、気づけないだ

けである。

それでも年寄りになってきて生い先も短くなると、

いずれ去らなければならない世に対し、思いや執着は薄れ、それらを感じやすくなる。

失望や絶望や思い叶わぬ現実に対する苦労や苦難含め、そのような事象が人生の醍醐味

と思える様に言える様になるのはその為である。

 

菩薩心が芽生え、菩薩心に目覚め、菩薩の土台の上に己の存在を確立させることは、

人の本心、意識の核、魂の欲求でもあり。

なぜなら、その境地、その地では一切苦はないからであり、愛で見る、愛で想うしかな

く、愛で満ちる世界だからであり。

 

近年FIREという言葉と、早くにして俗からリタイアする風潮が流行っているが、

その中身は世や俗から距離を置き、稀でもある菩薩心の心に至りやすい道でもあり、

欲極まって欲が終わるその様は何とも皮肉でもあるが、

意識では図れない大きな神秘的な力が裏側で働いてると思えなくもなく。